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スミス郡 (カンザス州) : ウィキペディア日本語版
スミス郡 (カンザス州)[すみすぐん]

スミス郡 ()は、アメリカ合衆国カンザス州の北部に位置するである。2010年国勢調査での人口は3,853人であり、2000年の4,536人から15.1%減少した〔Quickfacts.census.gov - Smith County - accessed 2011-12-06.〕。郡庁所在地スミスセンター市(人口1,665人〔American FactFinder - Smith Center, Kansas - accessed 2011-12-06.〕)であり、同郡で人口最大の都市でもある。郡名は南北戦争中の1864年10月21日、ウェストポートの戦いで戦死した北軍コロラド第2騎兵連隊の少佐J・ネルソン・スミスに因んで名付けられた。アメリカ合衆国大陸48州の地理重心が郡内レバノン市にある。
== 歴史 ==
1871年、民謡「峠の我が家」がブリュースター・M・ヒグリー博士によって、郡内アソル市の北8マイル (13 km) にあった小屋で作詞された。ヒグリーの友人のダニエル・E・ケリーがそれに曲を付けた。1947年6月30日にこの曲は公式にカンザス州歌に定められた。
1862年にエイブラハム・リンカーン大統領によってホームステッド法が法制化された。スミス郡の最初の土地解放は1871年であり、1875年までに人口は3,800人に、1889年までに15,000人と成長した。トウモロコシが当初の主力作物であったが、旱魃とイナゴの被害によって大きな打撃を受けた。耐寒性のある冬コムギがロシア人開拓者によって紹介されたのち、スミス郡の主要作物になった。1900年以降先進的な農業手法が導入されて人手が要らなくなったことが影響して人口は緩り減少していった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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